2022年02月25日
自然エネルギー肯定論
自分のスタンスは【反原発】【反温暖化】であり、地球環境に負荷の小さい「自然に優しい」ものを好む。
二酸化炭素の排出抑制や脱炭素、反原子力というのは、人間という種が地球上で存続してゆくための必然な流れであると思う。
しかし、人間というのは愚かなもので、それが正当なことであると頭では理解していても、現在享受している利便性を手放すことは難しい面が強い。
環境負荷と文明的生活の折り合いをどうつけるかという厄介な問題が足を引っ張ってくるのだ。
だから原発再稼働派が根強く居るわけだし、財界の方も積極的に脱炭素に突っ走る姿勢がない。その上、自然エネルギー開発にも様々な反対派が居て、最も重要なこと、地球の存続という事は今生きている世代への問題ではないと半ば無視しているように感じる。
自分としてはやっぱり『電気の無い生活』は考えられないし、何らかの発電装置は人間社会には必要であると思う。
しかし、かと言っていつかは枯渇する化石燃料を消費し尽くし、温暖化を取り返しのつかないレベルまで進めて地球環境を破壊し、到底コントロールできない原子力に手を染め第二、第三のスリーマイル、チェルノブイリ、フクシマを引き起こしかねない状況を回避しない理由にはならないだろう。
自分が思うのは、如何にして(あらゆる面で)環境負荷の小さい電気エネルギーを確保してゆくか?が課題であってその点が解決できる自然エネルギーであればなんであれ肯定する。
建設時、製造時、機器更新時等に排出される二酸化炭素云々は、確かに考えるべき問題ではあるがそれは稼働年数に比して考えるべきものであり、その期間にわたるコストとして計上して、その分植物の光合成により酸素に替えてゆけるのではと思う。
①太陽光発電は、耕作放棄地を100%活用しては如何か。奥山に太陽光発電システムを設置するには、新たに土地を造成しなくてはならず、莫大なコストがかかるうえ、自然破壊にもつながる。熱海の盛り土崩落事故のようなことも起きてしまう。耕作放棄地なら比較的管理しやすいし、近年の野生動物との軋轢も防ぐ緩衝地帯になり得る。
②風力発電はこれからは洋上だろう。大規模に発電するならば洋上の方が向いていると思う。適正に利用されていない水域は国民全体の利益の為に解放されるべきであり、地域の利益にすべきである。また、陸上のものは規模にもよるが太陽光とセットで構築することも効果が大きいのではないか。
③水力もその地域にとっては無視できない。わざわざ大きなダムを建設しなくとも、小型の水力発電装置も開発されており、狭い範囲でなら充分な供給量を実現できるのではないか。また波力発電も研究されており、あらゆる自然エネルギーから電力を得られる時代はすぐそこにある。
④あとは各家庭規模でのオフグリッド発電の普及。特に発電施設から離れていて、かつ、過疎地域では需要が高いであろう。また、公共施設においても、非常事態下での電源確保の意味でも、導入は必須である。
建設後は破壊、故障、事故に際し、そのような場合の原状回復や被害賠償、復旧などは常にアップデートし対策を講じておかなければならない。また、建設物の付属効果(気象観測、獣害防止、アンテナ利用)、建設後の派生効果(雇用、観光、地域振興)についても様々な客観的想定と実現も必要である。
だが、供給量に現状維持の保証はなく、ゆえに不便を感じるのはやむを得ないことであると思う。電力価格も上昇する可能性は大いにある。
しかし、だからこそエネルギーを大切にし、資源を有効に使う社会に変ってゆく絶好の好機になると思う。それが海洋プラスチック汚染を解決し、災害に強い社会になり、平和に資すると思っている。
二酸化炭素の排出抑制や脱炭素、反原子力というのは、人間という種が地球上で存続してゆくための必然な流れであると思う。
しかし、人間というのは愚かなもので、それが正当なことであると頭では理解していても、現在享受している利便性を手放すことは難しい面が強い。
環境負荷と文明的生活の折り合いをどうつけるかという厄介な問題が足を引っ張ってくるのだ。
だから原発再稼働派が根強く居るわけだし、財界の方も積極的に脱炭素に突っ走る姿勢がない。その上、自然エネルギー開発にも様々な反対派が居て、最も重要なこと、地球の存続という事は今生きている世代への問題ではないと半ば無視しているように感じる。
自分としてはやっぱり『電気の無い生活』は考えられないし、何らかの発電装置は人間社会には必要であると思う。
しかし、かと言っていつかは枯渇する化石燃料を消費し尽くし、温暖化を取り返しのつかないレベルまで進めて地球環境を破壊し、到底コントロールできない原子力に手を染め第二、第三のスリーマイル、チェルノブイリ、フクシマを引き起こしかねない状況を回避しない理由にはならないだろう。
自分が思うのは、如何にして(あらゆる面で)環境負荷の小さい電気エネルギーを確保してゆくか?が課題であってその点が解決できる自然エネルギーであればなんであれ肯定する。
建設時、製造時、機器更新時等に排出される二酸化炭素云々は、確かに考えるべき問題ではあるがそれは稼働年数に比して考えるべきものであり、その期間にわたるコストとして計上して、その分植物の光合成により酸素に替えてゆけるのではと思う。
①太陽光発電は、耕作放棄地を100%活用しては如何か。奥山に太陽光発電システムを設置するには、新たに土地を造成しなくてはならず、莫大なコストがかかるうえ、自然破壊にもつながる。熱海の盛り土崩落事故のようなことも起きてしまう。耕作放棄地なら比較的管理しやすいし、近年の野生動物との軋轢も防ぐ緩衝地帯になり得る。
②風力発電はこれからは洋上だろう。大規模に発電するならば洋上の方が向いていると思う。適正に利用されていない水域は国民全体の利益の為に解放されるべきであり、地域の利益にすべきである。また、陸上のものは規模にもよるが太陽光とセットで構築することも効果が大きいのではないか。
③水力もその地域にとっては無視できない。わざわざ大きなダムを建設しなくとも、小型の水力発電装置も開発されており、狭い範囲でなら充分な供給量を実現できるのではないか。また波力発電も研究されており、あらゆる自然エネルギーから電力を得られる時代はすぐそこにある。
④あとは各家庭規模でのオフグリッド発電の普及。特に発電施設から離れていて、かつ、過疎地域では需要が高いであろう。また、公共施設においても、非常事態下での電源確保の意味でも、導入は必須である。
建設後は破壊、故障、事故に際し、そのような場合の原状回復や被害賠償、復旧などは常にアップデートし対策を講じておかなければならない。また、建設物の付属効果(気象観測、獣害防止、アンテナ利用)、建設後の派生効果(雇用、観光、地域振興)についても様々な客観的想定と実現も必要である。
だが、供給量に現状維持の保証はなく、ゆえに不便を感じるのはやむを得ないことであると思う。電力価格も上昇する可能性は大いにある。
しかし、だからこそエネルギーを大切にし、資源を有効に使う社会に変ってゆく絶好の好機になると思う。それが海洋プラスチック汚染を解決し、災害に強い社会になり、平和に資すると思っている。
2022年01月29日
人口減少問題
どうも我が国も我が県も、そして我が街も『人口減少』『過疎化』というものからは逃れられないらしい。
人口を増加させるという目標を掲げて、行政側はあの手この手と策を弄しているがどうも実現は難しい。
やれ若者の流出を防げだの、出生率を上げようだの、子育て環境を~!経済的支援を~!!なんてキラッキラの言葉を並べても生物の数量変動の法則には抗えない気がしてならない。全ての生物のゆりかごである自然環境へ負荷を掛け過ぎているこのニンゲンという種は、減少すべくしてしているのではないか?と感じる。
人口減少が自然の流れ、摂理だとしたら、そこに住む人々はオールマイティ化(自分独りで生活を完結できる)しなくては生存出来なくなるのではないか?
かつて、高度成長期やバブル経済最盛期にはあらゆる分野で「分業化」「専門化」「細分化」が高度に進んでいったが、これからは一人で何役も務めることが出来ないと、ちょっとの躓きであっという間にどん底の生活に陥る罠が至る所に転がっているように思う。
そもそも、生を全うする こと自体が難易度の高いものになるかも知れない。
平均年齢はこの先高くなっていくとしても、健康体 として存在できる年齢はむしろ低くなってゆくのではないか(要介護状態になったり、何らかの生活習慣病を発症する年齢の若齢化がじわじわ進むような気がする)。
そして更にその先は医療崩壊によってテクノロジーで無理矢理生かされていた個体があっという間に消滅し、一気に人口が減る局面が来るに違いない。
そのような種としての活力の減衰の兆しが現れ始めたように思うのである。
人間が地球に行ってきた自然破壊・環境破壊・環境汚染という重罪によって下された罰が、人口減少といういわば自然の摂理に従った 種の弱体化 なのだと思う。
環境負荷の小さい、もしくは容易に回復可能な程度の環境負荷しか与えない あらゆる面の自給自足 がこれからの地球での理想で、それが可能な規模の人口が望ましいのではないかと考えられるし、恐らくその規模までは人間は減ってゆくだろう。
大体、『深くこの生を愛する』ことが人間の霊長類としての在るべき姿ではないのだろうか。自らとその周囲、果ては生活環境とその時代さえも甘んじて受け入れ、愛することが肝要のような気がする。
宇宙の時間軸からすれば、人間個体の一生なんて瞬きぐらいのものでしかない。そのような儚い生物のくせに、地球を苦しめていては地球から間引かれるのも仕方のないことなのだろう。
そうは言っても、地球において人間という生物の役割が終わったならば、超天才(異能者)が創造した【スーパーテクノロジー】(創造した者しか扱えない類のモノ)をレガシーとして、『人間社会のシステムは残るが、そこに敢えて人間という生物個体は要らない』という未来図の可能性も有り、不思議な気持ちになる。
結局、自然や地球と同化し、シンプルな生活を全うしてゆくことがいま最も必要なのではないかと思っている。
人口を増加させるという目標を掲げて、行政側はあの手この手と策を弄しているがどうも実現は難しい。
やれ若者の流出を防げだの、出生率を上げようだの、子育て環境を~!経済的支援を~!!なんてキラッキラの言葉を並べても生物の数量変動の法則には抗えない気がしてならない。全ての生物のゆりかごである自然環境へ負荷を掛け過ぎているこのニンゲンという種は、減少すべくしてしているのではないか?と感じる。
人口減少が自然の流れ、摂理だとしたら、そこに住む人々はオールマイティ化(自分独りで生活を完結できる)しなくては生存出来なくなるのではないか?
かつて、高度成長期やバブル経済最盛期にはあらゆる分野で「分業化」「専門化」「細分化」が高度に進んでいったが、これからは一人で何役も務めることが出来ないと、ちょっとの躓きであっという間にどん底の生活に陥る罠が至る所に転がっているように思う。
そもそも、生を全うする こと自体が難易度の高いものになるかも知れない。
平均年齢はこの先高くなっていくとしても、健康体 として存在できる年齢はむしろ低くなってゆくのではないか(要介護状態になったり、何らかの生活習慣病を発症する年齢の若齢化がじわじわ進むような気がする)。
そして更にその先は医療崩壊によってテクノロジーで無理矢理生かされていた個体があっという間に消滅し、一気に人口が減る局面が来るに違いない。
そのような種としての活力の減衰の兆しが現れ始めたように思うのである。
人間が地球に行ってきた自然破壊・環境破壊・環境汚染という重罪によって下された罰が、人口減少といういわば自然の摂理に従った 種の弱体化 なのだと思う。
環境負荷の小さい、もしくは容易に回復可能な程度の環境負荷しか与えない あらゆる面の自給自足 がこれからの地球での理想で、それが可能な規模の人口が望ましいのではないかと考えられるし、恐らくその規模までは人間は減ってゆくだろう。
大体、『深くこの生を愛する』ことが人間の霊長類としての在るべき姿ではないのだろうか。自らとその周囲、果ては生活環境とその時代さえも甘んじて受け入れ、愛することが肝要のような気がする。
宇宙の時間軸からすれば、人間個体の一生なんて瞬きぐらいのものでしかない。そのような儚い生物のくせに、地球を苦しめていては地球から間引かれるのも仕方のないことなのだろう。
そうは言っても、地球において人間という生物の役割が終わったならば、超天才(異能者)が創造した【スーパーテクノロジー】(創造した者しか扱えない類のモノ)をレガシーとして、『人間社会のシステムは残るが、そこに敢えて人間という生物個体は要らない』という未来図の可能性も有り、不思議な気持ちになる。
結局、自然や地球と同化し、シンプルな生活を全うしてゆくことがいま最も必要なのではないかと思っている。
2021年05月08日
2021 メバルプラッギング緒戦&第二戦

メバルプラッギング、始まりました。
一応、5月になったら始めようと準備はしていたんですが、時化で開幕戦は5月4日に。
それでもまだまだ波があって、やれる場所は限られてしまう。
出来るだけ波をかわせそうな立ち位置を探して、先ずはミノーをキャスト
.....当たりませんね。
「んー、シンペン系なのかな???」とリップが折れたDrミノーをチューンしたプラグにチェンジ。

今季の初メバルは20cmくらいのやつ。ちょっとまだ痩せ気味でコンディション万全ではないですが、嬉しい一尾です。

更にじっくりと見せるイメージでシンペンを引いてくると、強い流れに入ったあたりでバイトしてきたのは22cmのメバル。
よしよし、開幕戦で2尾なら上出来!と45分くらいの釣行で切り上げてきました。
二戦目は昨日、5月7日の晩。
予報よりやっぱり波がある.....こりゃあ「定位できそうな箇所」を推定してやるしかないなぁと考える。
今日はヨーヅリのピンズミノー5cmからスタート。
すぐにバイトを得るが、しっかりかからず...orz
「ちぇ、なんだよー」トレース角度を変え、リトリーブスピードも一段階下げると.....ヒット❕❕

20cm前後のメバル❕ いいねぇ、今日はミノーの日だねぇ。
その後、岩礁帯内部で同型を追加。緒戦でキャッチ出来たポイントに立つ。
ミノーを引いてくること数投、足元でいきなり強いバイトッ 「なんだなんだ?」

手こずらされた魚でしたが、何とかランディング成功~。28cmという良型ゲットだぜ

まだ痩せてはいましたが、ドッキリするサイズで納得。
この後20cmクラスを1尾追加し、PYリップレスで1バラシで終了。90分の釣行でした。
今年も7月上旬ぐらいまで頑張らねばなるまい

Posted by godman at
12:20
│sebastes2021
2020年06月01日
メバルプラッギング
4月の末ころからメバルプラッギングを開始。
始めたころは12℃くらいだった水温も現在は18℃程に。水温上昇につれてファイトも小気味よいものになってきてますね。



最初はムラソイもよく混じってました~
まだまだ確変パターンにはなっていませんが、まあ一釣行60分から90分くらいなので楽しめてる方かと



じわじわとサイズも上がってゆきます。
それにしても、日本海の日没は情緒がありますね~



ベタ凪の海、いかにもメバルが釣れそうですけど、そうでもないあたりツンデレな釣りです(爆)
今期一尾目の尺もあっさり出たし~

外道とはいえ、シーバスの引きも味わってるし~

今年はプラグのみでメバル100尾を第一関門として釣行していますが、なんとか45尾まできました~


あとひと月半あまりのプラッギングシーズン、トータル150尾・尺3尾くらいまで伸ばせれば嬉しいけどなぁ

始めたころは12℃くらいだった水温も現在は18℃程に。水温上昇につれてファイトも小気味よいものになってきてますね。



最初はムラソイもよく混じってました~

まだまだ確変パターンにはなっていませんが、まあ一釣行60分から90分くらいなので楽しめてる方かと




じわじわとサイズも上がってゆきます。
それにしても、日本海の日没は情緒がありますね~




ベタ凪の海、いかにもメバルが釣れそうですけど、そうでもないあたりツンデレな釣りです(爆)
今期一尾目の尺もあっさり出たし~


外道とはいえ、シーバスの引きも味わってるし~


今年はプラグのみでメバル100尾を第一関門として釣行していますが、なんとか45尾まできました~



あとひと月半あまりのプラッギングシーズン、トータル150尾・尺3尾くらいまで伸ばせれば嬉しいけどなぁ


Posted by godman at
10:36
│sebastes2020
2020年03月24日
港内も魚居ない。
昨晩はちょいと港内の様子をうかがいに。
ヘッドランプは忘れるは、防寒はしてないわでやる前からグダグダ。。。。。

なんとか豆クロソイ2にクジメ1釣りましたが、やっぱり何の釣りでもしっかりと準備していかなきゃだめだね~
にしても港内に魚居ない。
例年であれば小メバルの10尾や20尾、訳なく釣れるんですが雰囲気もないですね。
次に期待!
ヘッドランプは忘れるは、防寒はしてないわでやる前からグダグダ。。。。。


なんとか豆クロソイ2にクジメ1釣りましたが、やっぱり何の釣りでもしっかりと準備していかなきゃだめだね~

にしても港内に魚居ない。
例年であれば小メバルの10尾や20尾、訳なく釣れるんですが雰囲気もないですね。
次に期待!